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父親が生命の危機の状態に

昨日母親から電話があり、父親の状態が悪いため入院させたと連絡があった。兄貴からも連絡があり、思った以上に状態が悪いからお前もすぐに行ってあげてくれと伝えられた。

今日は仕事を早めに終わらせ、急いで父親の入院している病院に行った。正月には話もしたし、歩いてもいた父親がベッドに横になり喋ることもできなくなっていた。

10年ほど前に脳内出血で倒れて、左片麻痺になったのだが、リハビリをして一人で歩ける状態まで回復して、ここ最近までは母親のお店の買い物などをしながら何とか両親は暮らしていた。しかし、昨年、父親がまた転倒により頭を打ってしまい、また3日ほど入院をした。CTでもMRIでも異常がないということで退院をしたのだが、そのときから父親はどんどん痩せていった。母親は回復させるためにリハビリのために買い物を頼んだりしていたのだが、転ぶのが怖くなったのか、親父はあまり協力的ではなくなりあまり外に出なくなった。

今年の正月に会ったときには、その瘦せこけぶりに驚いたのだが、「歩けるから買い物とかしてお母さんの手伝いできるよ」と話していた。でもやっぱりそのときあたりから、排便をトイレに行かずにしてしまったりということが発生したようで、オムツを履かせるなどが必要となってしまった。

そこからは急激に状態が悪くなってしまったようです。母親はお店をやっているのですが、最近はお店を休んで父親の面倒をみていました。しかし、あまりにやせ細って喋ることもままならなくなった父親が心配で、今回検査のため病院に連れていった。

今日、そんな父親と会った。寝たきりになってしまい喋ることもできず、痩せこけていた。信じられなかった。私が話しかけると、右足を必死で動かして答えていた。手を握り、親父の目をずっと見つめた。涙で目がにじんでいるのがわかった。無念だろう。右足しか動かせない自分が無念だろう。

父親は、とても色気のある男だった。外車の営業マンで、いつもビシっとスーツを着ていた。営業成績は優秀で、表彰されて海外旅行に招待されるほどで、高卒なのに1000万円以上の年収があった。俺は20くらいのとき、たまたま車で走っているときに、車から降りて歩いている親父を見かけたことがある。

背筋をビシっとして堂々とスーツ姿で歩く親父を「カッコイイ男が俺の親父なんだな」と思ったことがある。そんな親父は女好きだった。若い愛人と週に1回会っていて、脳内出血で倒れたときも、そんな密会の場所で倒れてしまったのだ。そのため、私の母親はとんでもなく辛い思いをした。「ある程度回復したら離婚するから」と母は私に言った。

しかし、俺は父親が母親のことを大好きだったことを知っていた。親父の口癖は、「母さんが悲しむことだけはするな」だった。そして、母も父を大好きだということを知っていたのだ。母も、父親の悪口を言ったことがなかった。「あんなかっこよくて、他の家族とかよりも稼ぎもいいのよ。でも私がいつも使ってしまうのよね」とよく言っていた。

俺が5歳くらいのときかな、母親が家出をしたことがある。そのときも親父の浮気が原因だった。父親が家にいないときに母から家に電話があり、「〇〇ちゃんのところにいるから安心してね。お父さんには言っちゃだめよ」と母には言われた。俺はかなり言うのをガマンした。しかし、毎晩家で泣きじゃくる父親を見て、思わず母さんが〇〇ちゃんのところにいると教えてしまった。

父さんと一緒に〇〇ちゃんのところに行って、母さんと一緒に家に帰ったとき嬉しかった。あのときも、倒れたときも、別れずに一緒にいる決心をしてくれた母さん、本当にありがとう。

そんな父親なんだけど、もう思い出がこみ上げてきて、今日の帰り道は泣きながら歩いていた。

まだ検査の結果は出ていないが、どうしても今の気持ちを書いておきたかった。

俺は父親が好きだった。怖かったし、いつもダメだと言われ続けてきたけど、大好きだった。親父が死ぬ前に結婚をして孫を見せてあげたかった。親父が死ぬ前に、家族を持ちたかった。

親父のことをずっと誇りに思っています。あなたの子供として生まれて、とても幸運です。これからの人生、俺も諦めずにもがきます。もうだいぶ年をとってしまったけど、死ぬまであがいてみます。母さんにはこれからラクをさせてあげようと思います。

もう無理しないでいいからね。本当にすごい父親でした。ありがとう。

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